2.2 分類された世界

おはようございます。珠川幸です。
足を運んで頂き、有難うございます。
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仕事が始まり、毎日の更新が難しくなってしまいました。ゆったりしたペースで、更新をしていきますので、気長に楽しんでもらえたらと思います。しかし、子どもは本当に、かわいいものですね。

前回、言葉にすることは、何かを、何かと何かに分類することだと話ました。これは、言葉を覚えていく子どもをイメージすると分かりやすいです。

お母さんが車を指差して「車ですよ」と何度も話しかけます。その子が、それを理解できたとき、その子の中で、それは「車」になります。

その後「車のこの部分はタイヤだよ」と何度も話し、「あーこれがタイヤか」と理解するときがきたら、元々一つだった「車」は、「タイヤ」と「タイヤではない部分」の2つに分かれてしまいます。

これが言葉のつくる境界線です。

人は成長とともに、車をタイヤと車体に分けたり、タイヤをホイール部分とチューブ部分に分けたりと、もともと一つだったものを分類していきます。

なにかを学ぶ、概念を身につけるということは、今までの世界に新しい世界が加わるのではなく、もともと一つだった世界を分類することなのです。

ぼくたちは、もともと一つだったのものを、何年も何年もかけて、細かく分類して、いま分類された世界を見ています。

そして、この「もともと一つだったもの」が
「空(くう)」とよばれるものです。

空のお話、まだ、もう少し続きます。ゆっくり「あー確かにそうかも」と思いながら読み進めてもらえるとありがたいです。楽しみにしていてください。

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