2.5 苦しみの原因

こんにちは。珠川幸です。
足を運んで頂き、有難うございます。
初めての方は0.ブログについてをご覧ください。

前回、境界線は、全て苦しみの原因だとお話しました。今回は境界線、つまり言葉や概念の全てが、苦しみやストレスであるというお話です。

突然ですが「今、このブログを読んでいる環境は、暑いですか?それとも寒いですか?」

実は、この質問を見た今、見る前よりもストレスを感じまています。

この質問に対して、「暑い」や「寒い」という言葉が頭に浮かんでしまえば、幸せから離れてしまい、適温を目指して幸せ探しが始まります。

「ちょうど良い」「快適」という言葉を当てはめたとしても、「今は快適」となってしまい、「明日は快適じゃないかも知れない」という恐怖や、「暖房をつけるまでは快適ではなかった」と過去のストレスがセットになっていて、やはり幸せから離れてしまうのです。

以前、車とタイヤの例でもお話ししました通り、「コレをタイヤとしましょう。」とした時、「コレ」を「全て」から切り取ってしまうので、その瞬間、「コレであるタイヤ」と「コレでないタイヤじゃないもの」が完成してしまいます。

男性を作れば、女性ができ、
子どもを作れば、大人ができ、
裕福を作れば、貧困ができ、
味方を作れば、敵ができ、
上手を作れば、下手ができ、
好きを作れば、嫌いができ、
善を作れば、悪ができ、
生きるを作れば、死ぬができ、
幸せを作れば、不幸ができ、

と、ある事柄に一つの概念をつけると、同時に、もう片方の概念もセットで作られてしまいます。自分についてのお話でも少しだけ触れましたが、これが苦しみ、ストレスになるのです。

分断された「裕福」と「貧困」を同時に手に入れることはできないですし、「上手」と「下手」を同時に手に入れることができません。

もともと一つだったものが分断されているだけなので、人は常に「境界線のない空の世界」を求めているのです。

次回、そのお話をしますね。お楽しみに。

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