2.8 認知革命

こんにちは。珠川幸です。
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前回までのお話で、「見てきたものや、聞いたこと、今まで覚えた全部」が「今の苦しみの原因」で、僕たち人間は、せっかく苦しみから解放されても、どこかから別の苦しみを探してきて苦しむ「苦しみ癖」があることをお話ししました。

「苦しみが排除しなければならない何かではない」のと同じで、この「苦しみ癖」も、人が成長とともに身に付けた機能であって、何か悪いものではありません。今回は、そのことを歴史的な人類の進化の面から、お話しようと思います。

僕たち人間、生物学的に言うホモ・サピエンスは、他の動物と目の前にあるものの認知の仕方が違います。

約4万年前頃には、もう彼らは船、ランプ、弓矢、針などを発明し、さらに芸術作品創り、宗教や交易活動を行い、社会的階層化の動きも見せていて、その頃には、もう彼らの認知能力に革命的な変化が起こっていたそうです。

これを「認知革命」と言います。

以下はイスラエルの歴史学者ユヴァエル・ノア・ハラリの著書「サピエンス全史」の引用です。

『私たちが言語が持つ真に比類ない特徴は、…まったく存在しないものについての情報を伝達する能力だ。

見たことも、触れたことも、匂いを嗅いだこともない、ありとあらゆる種類の存在について話す能力があるのは、私たちの知るかぎりではサピエンスだけだ。

動物は外的の存在を鳴き声で教えあったが、サピエンス種は、その外敵を崇拝すらできた。

それまでも、「気をつけろ!ライオンだ!」と言える動物や人類種は多くいた。だがホモ・サピエンスは認知革命のおかげで、「ライオンはわが部族の守護霊だ」と言う能力を獲得した。

虚構、すなわち架空の物事について語るこの能力こそが、サピエンスの言語の特徴として異彩を放っている。』
ーサピエンス全史(上)P.39ー

『サピエンス種は虚構を「集団で」共有することができたのである。神話、民主主義、法律、人権、平等、法人・・・存在しないものに真実(リアリティ)を感じる能力が「見知らぬ人々と協力する」ことを可能にした。

こうして何万もの住民から成る都市、何億もの民を支配する帝国を作り上げることに成功したのだ。

虚構のおかげで、私たちはたんに物事を想像するだけでなく、集団でそうできるようになった。
・・・共通の神話を私たちは紡ぎ出すことができる。そのような神話は、大勢で柔軟に協力すると言う空前の能力をサピエンスに与える。』

ーサピエンス全史(上)P.40ー

「ここは東京、お隣は埼玉だ」「今は12時、お昼の時間だ」「仮面ライダーは正義の味方で、ショッカーは悪だ」という概念の全てが、存在しない虚構、つまりフィクションです。人類は、これらのフィクションを共有することで、生存率を高め、爆発的に繁栄しました。

狩猟生活、そして農業革命を経て、この虚構(フィクション)を強め、このブログでお話している、境界線や苦しみを増やしていくのですが、ちょっと長くなってしまったので、次回のお楽しみにさせてください。

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