2.13 人の成長と人類の進化

こんにちは。珠川幸です。
足を運んで頂き、有難うございます。
初めての方は0.ブログについてをご覧ください。

前回まで、人類は進化の過程で沢山のフィクションとともに生きてきたとお話しました。苦しみの原因が僕たち暮らしの中に刷り込まれていることが何となくイメージしていただけたでしょうか。

フィクションは、そのまま苦しみの原因です。そのため、目の前のフィクションに気づいたり、フィクションから自由になると人は幸せを感じます。全てがフィクションだと気づくことを、目覚め、悟りとかと言ったりもします。

ヘッケルの反復説に「動物は成長する途中で、その動物が進化する時にたどった過程を繰り返す」という、ものがあります。

人類の進化が何万年も前の認知革命から、沢山のフィクションを身につけていったように、一人一人の人間も生まれてから大人になるまでの間に「時間」「秩序」「知識」「個人」「消費者」といった概念を一つ一つ身につけていきます。

小学校の先生をしていると、それをマジマジを感じさせられます。
無垢な子どもと毎日、接していると「時間や秩序なんかも、みんなが楽しく生きるために作ったものなんだよな」「それに苦しんでいたら本末転倒だな」と、それらのフィクションに気付かされることもよくあります。

余談ですが、先日、Templeという活動を主宰している小出遥子さんとお話する機会に恵まれまして、そんな子どもの話をしていると、

「ブログとっても分かりやすいけど、せっかく毎日子どもと接して、子どもの言葉を大人の言葉にできるのだから、そのことをもっと聞きたいし発信して欲しい。きっと、そのことは、たまさんもやりたい事だと思うし、今の内容は、なんとなく遠回りな感じがする。子育てで悩んでる人だって、たくさんいるのだから。」とアドバイスを頂きました。

この人は、人の心が読めるのか?と思うほど痛い所を突かれました。
ちなみに、小出遥子さんの活動はこちらです。
http://temple-web.net

このブログの開設も小出さんの勧めもあって、ということもあり、これから道徳と教育、人の成長、子どもから気づかされることについて、僕の言葉でまた少しづつ書いていこうと思うのですが

人の成長の話の前に、どうしても、このブログで話したいものがあります。「自分とは何か」についての例え話なのですが、完全に趣味といいますか、ワクワクして止まらないものなのです。

人の成長や子どものお話、必ずやりますので、次回から少しだけ、その話をさせてください。純粋に面白いものです。

次回を楽しみにしていてください。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 哲学へ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です