3.9 ブルーバードpart9

こんにちは。珠川幸です。
足を運んで頂き、有難うございます。
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ブルーバードの続き、物語はネオたちがブルーバードの巣に入り込んで行く場面です。

『ブルーバード〜僕が僕から自由になると〜part9』

今回、いわゆる「悟り」と呼ばれているものへの探求の場面です。
以前、敵の名前を煩悩から付けていますとお話しましたが、このダンジョンに出てくる敵の苦諦(くたい)集諦(しゅうたい)滅諦(めったい)道諦(どうたい)という名前(動画では2匹出てこなくて残念でしたが・・・)は、四諦(したい)といって、迷いを断ち切る過程を表したものです。

ちなみに預流果(よるか)一来果(いちらいか)不還果(ふげんか)阿羅漢果(あららんか)というイベントで出てくる敵の名前も、四向四果(しこうしか)といわれる悟りの段階の名前です。興味のある方は、調べてみると面白いかもしれません。

ぼく自身、10年ほど前から哲学に興味を持ちだし、情報を集めて、勉強したり実践したりしていました。

そして、3年前の29歳の時、

今まで「ある」「実在する」と思っていた全部が、自分の想像の域を絶対に超えないこと。

目の前の景色や音や匂いは、ただあるだけで、そこに「〜さんがいる。」「木や車がある。」という価値付けをしていること。

もともと名前も概念も境界線もない「今」がただあるだけだけど、概念をつけないと認識や処理ができないから、たくさんの概念を付けて目の前の景色を見ていること。

に、気づいてしまいました。

一瞥体験や悟り体験という名前があるらしいのですが、概念ゼロの今しかない状態で、 7年間も探求していたのに、それは数分の出来事でした。

その日から、考え方やモノの見方などのベースの部分が一転して、芋づる式に、日々、新たな気づきがあるのですが、もちろん、寝て起きて、ご飯を食べて、仕事して、子どものお世話をしてという、やっていることは同じで、今日もこうして休日を満喫しています。

この体感なく知識を集めている7年間の時期は、ワクワクもありますが、「自分がいないってどういうことだろう。」「大切にしてるものまで失ってしまうのかな。」という不安もあって、まさに、このゲームのようでした。

次回、いよいよ最終回、ゲームクリアです。
楽しみにしていてください。

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