4.4 自我の芽生え

おはようございます。
足を運んで頂き、ありがとうございます。

前回、人は生まれて間もない時に、信頼も不信もない世界から、信頼感という幸せの基準をつくります。と、お話しました。今回はその続きです。

世界が信頼できるようになった子どもは、幼児前期(1歳6ヶ月頃~4歳)に今度は「世界から自分が自律しているかどうか」という幸せの物差しをつくり始め、「自分」というものが感じられないと、恥じらいや羞恥心を抱くようになります。

「自我の芽生え」という言葉を聞いたことがある人もいると思いますが、この頃に、「自分」と「他人」ができるのです。

言葉や身体の動きを覚えるとき、全て目の前の人のマネだったのに、この頃になると、こんな事を言いだします。

「イヤだ」

なんでもかんでも、イヤというので、お父さんお母さんは、困ってしまうかと思いますが、お父さんお母さんのお陰で世界が信頼できるようになり、幼児期に入った証拠です。

行動の全てが目の前の人のマネだったり、世界と阿吽の呼吸で動いていると、手足の延長に信頼された世界があるので、どこまでが「自分」で、どこまでが「自分以外の世界」なのか、実は分からないのです。

このイヤイヤは、何をしているかというと、例えば、美味しそうなご飯を口まで持ってきてくれ「美味しいから食べよね」と言ってくれるのが「自分以外の世界」で、それにイヤと言ったのが「自分」。という具合に「自分」を認識しているのです。

世界には流れがあって、その流れに身を任せると心地いいですし、子どものうちはそれを良く知っているのですが、この時期は、それをあえてしないのです。

なぜ、そうまでして「自分」を作るかというと、例えば、身体(世界)は今おしっこをしたい。けれど、それに反抗して、トイレまで我慢する。というトイレトレーニングなど社会的な行動ができるようになるからです。

人類の発達のお話の時に、こういった社会的な行動やフィクションのお陰で、人類は安全な生活を手に入れたとお話しましたが、社会的な行動は、大なり小なり、世界の流れに対する、反抗ともいえます。

自分が少しずつ出来上がると、お母さんに「あーん」とされるのが恥ずかしいと感じ、自分をどんどん強めていきます。「自分」がしっかりとできあがると、今度は、それを自分でやりたいと感じて幼年期後期に入っていくのですが、そのお話は、また次回にしたいと思います。

読んでいただいて、ありがとうございました。

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