4.10 比較をするには

足を運んで頂き、ありがとうございます。

前回、優越感は形を変えた劣等感であるとお話しました、
発達課題の劣等感とは、「比較そのもの」のことなのです。

ここで大切な事は、比較とは「そもそも同じ」であるという考え方を前提としているという事です。違いが当たり前の世界から、劣等感、優越感のある比較は起こりません。

人間が馬が走っているのを見て「オレの方が足が遅い、悔しい」と劣等感を感じませんし、母親が子どもに対して、「私の方が箸が上手に持てる」と優越感を感じません。

男子スポーツと女子スポーツが分かれているのも、成人男性と成人女性の体つきが似ていないので運動で競い合うことができないからです。

さらに、大学の受験生と高校球児が争えないように、長距離の記録と短距離の記録を比べられないように、比較をするには複数の人間が同じことをする必要があります。

劣等感や優越感を感じるような、比較や競い合いや争いをするためは、「似たもの同士が、同じことをする」必要があるのです。

とても不自然で滅多にない状況なのですが、学童期(6歳〜12歳)に入った子どもたちは、この「似たもの同士が、同じことしている」とても稀な環境にいます。

それが学校です。

次回、更に詳しくお話できたらと思います。
お読み頂き、本当に有難うございました。

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